製造業における展示会は、リード獲得、ブランド信頼の構築、パートナー開拓のための重要な場であり続けています。
しかし2025年から2026年にかけて、展示会の在り方は急速に変化しています。オンラインとリアルの融合、データ活用によるパーソナライズ、そしてサステナビリティを軸とした戦略設計が、新しい成功の鍵となっています。
本稿では、世界最大級の製造業展示会「ハノーバーメッセ2025」で見られた実例を交えながら、最新トレンドと、マーケティング視点からの実践的ヒントを解説します。
1. 事前準備:成功はここから始まる
展示会の成果は、すでに「始まる前」に決まっているといっても過言ではありません。
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リード獲得の目標を設定
単なる「何件集めたい」ではなく、どのような質のリードを優先するかを明確化します。
例:意思決定者を20名、技術担当者を30名など。 -
リードキャプチャーの仕組みを整備
名刺スキャナー、QRコード、CRM連携アプリなどを事前に準備しておくことで、現場での情報ロスを防ぎます。 -
ブーススタッフのトレーニング
来場者に投げかける質問例を用意しておくと、質の高い情報が得られます。
例:「導入予定の時期はいつ頃ですか?」
「現在の課題や改善したい点はありますか?」
さらに先進的な企業は、展示会前にターゲットアカウントを50社程度リストアップし、事前にメールやLinkedInで接触してアポイントを取るという方法を実践しています。こうした施策は、当日のリード効率を大幅に高めると報告されています。(leadbeam.ai)
2. AR・VR・デジタルツインによる体験型展示
製造業の複雑な技術やソフトウェアを、短時間で分かりやすく伝えるには、没入型体験が効果的です。
シーメンスは、ブース内でAIとデジタルツインを組み合わせたリアルタイムシミュレーションを展示。設計段階の3Dモデルと、実際の機械の動作を同時に可視化することで、来場者は「データと現場がつながる」瞬間を体感できました。
一方、Azumuta(製造現場管理ソフトウェア)は、より小規模なブースながら「触れる展示」を徹底。3台のデモ端末を設置し、来場者自身がシステムを操作できる構成にしました。
「Connected Workers, Smarter MES」という明快なメッセージが来場者に強く印象づけられ、体験とブランドイメージが一致する好例でした。
3. データドリブンなリード獲得と分析
これまでの展示会では、名刺交換やアンケートが中心でしたが、現在では来場者の行動データをリアルタイムで取得・分析することが一般的になっています。
来場時間、ブース滞在時間、閲覧したデモや資料ダウンロードなどのデータをスコア化し、CRMやMA(マーケティングオートメーション)と連携することで、即時リードスコアリングとフォローアップ自動化が可能です。
特に製造業では、意思決定までのリードタイムが長いため、イベントデータのトラッキングと一貫したナーチャリング(育成)がROI向上の鍵となります。
4. アカウントベースドマーケティング(ABM)の展示会活用
展示会でもABMの概念が主流になっています。
展示会前
出展リストや過去の商談データをもとに、特定企業へカスタム招待状や限定コンテンツを送付。
VIP顧客には「優先予約制のデモツアー」を案内し、来場前から関係構築をスタートします。
展示会中
RFIDタグやアプリを活用し、来場者の興味分野に応じて展示内容をカスタマイズ。
シーメンスのように「パートナー・エコシステム・ツアー」を用意すれば、1社のブース内で複数ブランドの価値を連続的に体験できます。
展示会後
取得したデータ(どの展示を見たか、何分滞在したかなど)を基に、個別のフォローアップメールやホワイトペーパーを配信。これにより、展示会が営業プロセスの起点として機能します。
5. サステナビリティと環境配慮型ブースデザイン
企業のESG戦略が注目される中、展示会でも「エコブース化」が加速しています。
再利用可能なモジュール式ブース、リサイクル素材の壁面、LED照明による電力削減などが主流になりつつあります。
配布物も、紙カタログからQRコード+ダウンロード資料へと移行。来場者の利便性と環境配慮を両立させています。
ハノーバーメッセ2025のテーマの一つは「Energizing a Sustainable Industry(持続可能な産業を活性化する)」であり、展示そのものが企業理念の延長線上に位置づけられています。
6. 来場者行動の変化と日本市場の特徴
コロナ禍以降、来場者はより目的志向型に変化しました。
「情報収集」よりも「課題解決」や「協業探索」を目的に来場する傾向が強くなっています。
日本の製造業展示会では特に、体系的で整理された情報提供が求められます。
自由に歩き回る欧州型よりも、予約制セッションや整理された資料の配布、ホワイトペーパーの提供など、構造的コンテンツが信頼構築につながります。
また、QRコードやスマホでの資料閲覧が一般化しており、モバイル対応の事後フォローが重要です。
7. グローバル戦略と地域最適化
ハノーバーメッセやEMO、IMTSのようなグローバル展示会は、企業の技術力を世界に示す舞台です。
一方、「人とくるまのテクノロジー展」や「ものづくりワールド」のような国内展示会では、地域密着型の商談が中心となります。
シーメンスのように、グローバル展示会で発信したストーリーを、地域イベントで再展開する手法は非常に有効です。
同じメッセージを、言語・文化・市場課題に合わせてローカライズすることで、一貫性と親近感を両立できます。
8. ハノーバーメッセ2025から見る最新トレンド
シーメンス:デジタルスレッドの体験設計
- ブース全体で「設計→生産→分析」までのデータ連携を実演
- デジタルツイン+AIによるリアルタイム最適化を可視化
- パートナー企業との連携展示でエコシステムを強調
→ 学び: 自社単独ではなく、パートナーと共に「業界の未来像」を描く展示が信頼を生む。
AWS:ブースを“ミニカンファレンス”に
- クラウド活用・生成AI・IoTをテーマに、シアタースタイルで講演実施
- 企業間コラボを活用したユースケース展示
→ 学び: 情報提供型のセッションは、来場者滞在時間を延ばし、ブランド専門性を高める。
Azumuta:小規模でも「体験」を重視
- 来場者が自分で操作できるデモ端末を設置
- シンプルかつ一貫したメッセージングで認知度を向上
→ 学び: ブースの大きさよりも「明確なメッセージ」と「実感できる体験」が成果を左右する。
9. マーケティング担当者への提言
| フェーズ | 実施ポイント |
| 展示会前 | 招待メールやSNSで事前接触を強化。来場者にとっての「訪れる理由」を明確にする。 |
| 展示会中 | ストーリー性のあるブース導線を設計。体験型コンテンツで理解と記憶を深める。 |
| 展示会後 | 来場データをCRMに統合し、セグメント別のフォローアップを実施。 |
また、イベント後の分析と改善サイクルを欠かさないことが重要です。
「どの展示に滞在が多かったか」「どの資料がダウンロードされたか」などを定量化し、次回の展示計画に反映させましょう。
10. まとめ:展示会は「単発イベント」ではなく「継続的なマーケティング基盤」へ
展示会は、もはや「一度きりの出展イベント」ではなく、年間を通じたマーケティングエコシステムの一部です。
展示ブースで得た接点を、デジタル上で育て、再会につなげること。
これこそが、2025〜2026年の展示会マーケティングの核心です。
製造業の展示会を「営業の延長」ではなく、「ブランド体験の起点」として再定義する企業こそが、次の時代のリーダーになるでしょう。


